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宝塚花組「雪華抄/金色の砂漠」初日 [観劇感想(宝塚)]

宝塚花組「雪華抄/金色の砂漠」初日
2016年11月11日(金) 15時 1階29列センター


花組初日を見てきました。上田久美子先生の新作!これが楽しみで。

まずは日本物のショー。「花の踊りはよいやさ~」から始まるチョンパの幕開き。
これが豪華で大変美しかった。人数の多さと衣装の豪華さ、素晴らしい。
こういうのはテンション上がります!(でも本作も東京照準なんですね)
いろいろな場面がOSKで見たことがあるような気がしたけど、正統派日本物
だから似てしまうんでしょうね。
ただ、「日本物のショーに慣れてない!」というのが歴然と見て取れました。
早く慣れてください。衣装とセットと釣り合うように期待してます。

そして上田先生の新作は、大変複雑で深いお話(脚本・演出)でした。
一階奥からだったので、ずっとはオペラグラスで表情を追いきれませんでしたが、
台詞と感情が違う(と想定される)場面がとても多い。だから表情が見たい。
アップで見たい。これは映像向き。後ろからだと面白さ半減だ(推定)。
様々な立場の多くの人々が、それぞれの思惑で複雑に動く。見事。
しかも感情と台詞が一致している人は少なく。何より主役コンビが
全然違うのだ、感情と台詞が。(推定だけどね)。
初日だったし、まだぎこちなく感じたので、これはこなれたころに
もう一度見てみたいと思いました。
そしてセットの美しさ。なんと幻想的な美しい・・アラビア風の建物、
そして金色の砂漠。本当に金色の砂漠が見えました。
フィナーレに普通のショー場面の短縮版がついているような感じ。
セットと照明だけでも見る価値あり。マラケシュのような感じでした。
(行ったことないけど)

201611花金色砂漠.jpg


ネタバレあり。わからないように気を付けたけど、わかる・・・かも。ご注意ください。





宝塚舞踊詩 『雪華抄(せっかしょう)』
作・演出/原田 諒

「花のおどりは~よいや~サア」でチョンパの幕開き。
超豪華で美しい。舞台の端から端まで、さらには上から下まで勢ぞろい。
金の扇を持つ若衆と女衆、禿たち。なんて綺麗なの!豪華絢爛。
これは幕開きでテンション上がります。でもどう考えても、11月の半ばに
相応しい演目ではなく・・やっぱり1月の新春公演用なんですね。
前の雪組公演は10月にクリスマス、花組は11月に新春・・。
2か月後の東京公演時には、雪は12月、花は1月。
東京が本番なんですね。宝塚は長期公開舞台稽古?
なんて拗ねてしまいますわ(笑:でも今日は公開舞台稽古と言っていいと思う)

あとは覚えているところだけ書きます。
実は2幕のお芝居で頭がいっぱいになって、よく覚えてなくて。。
とにかくセットと衣装が素晴らしく凝っていて美しかった。
それはよく覚えている。

鳥の場面。崖の上に白っぽい着物の柚香さん、
下では青衣装の瀬戸さんたちが舞っている。この時も、下の人々はまだしも、
一人目立つ衣装の方が、衣装だけではなく所作があちゃちゃ・・で目立つ。
そして明日海さん登場。この場面の着物は鳥を意識した白に銀の羽根模様の
衣装なんですが、なんか変?補正が上手くいってないのか、鳩胸になっていた。
早急に変えたほうが良いと思った。真ん中で目立つ白のお二人が、日舞の所作が
うーん・・なのが残念でした。もっともっと男っぽい迫力が欲しいところ。
後ろの崖のセットと荒々しい背景に負けている。
人選が違うという気も。ここは芹香さんと瀬戸さんの方が似合う場面では?
この場面のコンセプトは、「美しく優雅」より「精悍で荒々しい男」ではないかと
私は思いました。七夕の場面に、明日海さんと柚香さんで優美にすれば
雰囲気と魅力が合うのに・・異なる魅力にチャレンジ!でしょうか。

雪椿、松本悠里先生です。久々に拝見しました。優雅です。綺麗な場面でした。
ここから始まる雪の場面も綺麗でしたね。

途中もっといろいろあったと思うけど、忘れたので(詫)フィナーレ。

フィナーレはプロローグ同様に豪華で美しく、こういうのは大好き。。
正統派の日本物ショー。なんとなく去年2015のOSK「春のおどり」を思い出す。
基本コンセプトと踊りが同じなんですよね~きっと。ただOSKは毎年日本物の
ショーをやっているし、日本物が多いし、下級生まで所作ができている。
慣れが全然違うんだと思った。定期的に日本物のショーやらないと!
今回の花組を見て、「日本物久しぶりなのね?(溜息)」としみじみ思ったもの。
(花ファンの方にお聞きしたら、28年ぶり。前回は真矢みきさんのときだとか?
私それ見たわ。あれ以来なのね。そりゃあ無理ないか・・と思った。)
着物での足腰の運びと、手や扇の使い方が、全部洋風。そしてお化粧!!
真ん中あたりの方は、お化粧はまだ美しくできていらっしゃるのだけれど、
着物なのに所作が洋風で、決まるところが決まらない。動きが和じゃない。
後ろの方(大階段上にいるくらいの若い方々)はお化粧からもう全然で・・
真っ白の塗り壁になってる子や、おてもやんか福笑いか!?ってくらいに
なってる子もいて・・誰かお化粧見てあげて~!!!と叫びたくなった。

明日海さんの最初の歌も、なんだか「調子悪いの?」と思ったくらい。
だけど2幕の洋物になったらそれは綺麗な声を響かせていたので、単に日本物の
曲調や歌い方に慣れてないだけなのか・・と思った。
やっぱり各組5年に1回くらいは日本物のショーをやらないと、ノウハウが
蓄積&引継できなくなるのでは?と大変心配になりましたよん。

なんというか、舞台以前に気になるところが多すぎて、舞台を楽しめるところまで
行かなった今日の初日。東京公演の最後くらいには、慣れて良くなっているのでは
と思うので、期待しておきます。





トラジェディ・アラベスク
『金色(こんじき)の砂漠』
作・演出/上田 久美子


どこかの時代、どこかの国。・・ってまるで劇団新感線のような設定だ。
近世アラビアっぽい?でも不思議な風習のある国。
柚香王子が色々突っ込んでいたが、突っ込みどころ満載の風習だ。
(柚香王子、ひとりだけ文化・宗教が違いそうだが大丈夫なのか?)

愛と憎しみは表裏一体、それを激しく表現する第一王女カップルと国王周辺。
そして穏やかな愛は家族愛と一体化する・・を表現したのは第2王女周辺。
この2つの対比軸で進んでいく物語。
テーマはとても明瞭で、示したいことも分かった。愛と憎しみ、破滅と平穏。

ただ、このテーマなので、「愛」と「憎しみ」が同時に表現されるため、
愛の中に憎しみ、憎しみの中に愛、をこめることになる。
だから台詞と感情が逆になっているような場面が多々ある。役者に高い演技力が
必要とされる脚本だなあと感じた。(まあ上田久美子先生の脚本はそういうのが
多いんですよね。「星逢一夜」もそうでした)
だから、このあたりをしっかり演じてくれないと、本当の気持ちが分からない。
台詞だけを聴いていると、見誤る。また表情がはっきり見えない場所(客席)から
お話の主題を正確につかみ取るには、表情以外の感情表現が必要。
ということで、今日の初日の時点で、「映像ならいいんだろうけど、ここからじゃ
見えないわ。もうちょっと」と思う方々はいた。
まあ1回みただけでは、全員の表情を追いきれなかったので、次回みて
しっかり気になる方の表情を追いたい!と思った。これが作戦か!?


ではグループごとに。

<憎悪の愛:第一王女関係者>
ギィ(明日海りお)
第一王女タルハーミネの奴隷。愛と憎しみが一緒になった激しい性格。
彼は赤ん坊のころから、王女付きの奴隷として育てられたそうだが、
なぜ王女と自分が対等だと思ったんだろうか? 王女ができなさ過ぎて、
自分の方ができたからか。このあたりの自立心が芽生えた過程は重要。
王妃が何かしたのだろうか?(特になかったと思うが、王妃の奴隷が教育を
していたようだし。。。何かあるのかも?あれば王妃を見直す)
そして、愛し愛され、見捨てられ裏切られ。王妃には激しい憎悪を向けたのに
なぜタルハーミネのことは愛し続けたのか? 王妃より罪が重いと思うのだ。
結局は、わがままで愚かなタルハーミネのすべてを愛していたのか。
幻の地を見つけ、二人の世界を成就させるギィとタルハーミネ。
他人を思いやらない、自分の感情だけに忠実な(自分勝手な)二人に
相応しいラストシーンだと思いました。この二人の結末は破滅が似合う。


タルハーミネ王女(花乃 まりあ)
イスファン国の第一王女。愛と憎しみを、ギィと同じくらいの激しさで有する
王女。奴隷を愛するまでは理解できた。だがそのあとが理解できない。
なぜ彼を裏切ったのか?・・初日を見た限り、「自己保身」にしか見えなかった。
余りに酷く残酷な裏切り。温室育ちの王女だから、怖くなったのだとは思う。
だけど他者を一切思いやらないその傲慢さには好感が持てない。
他者を何とも思わず、簡単に人生を狂わせるその浅慮、無意識の残酷さ。
権力の意味を知らない無知。王族としての責任はなく、特権だけを享受する。
なんと愚かな人物か。最後まで愚かなまま、ほとんど成長なく終わった。
上田脚本なら絶対に複雑な思惑や葛藤があるはずなので、次回見る機会があれば、
タルハーミネの表情をしっかり見たい。特に、なぜあの発言をしたのか?
この物語の最大の山場だと思うのですわ。この思惑が分からないと、
その後のギィの行動に共感できない。
もしかすると王女は「未熟な傲慢」かもしれず、ギィは「執着的な狂気愛」なの
かもしれません。今回、私には見て取れず。難しいわ。
作中、彼女が守ったのは、恋人でも親でも子でも夫でもなく、自分だけ。
自分の命以外は、全部切り捨てている。潔いまでの自己中心、ひたすら自己愛。
ラストシーンへの行動は、あれは幼少の頃と同じく、何も考えずに、ただ
今が辛いから、という「現実からの逃避」としか見えませんでした。
覚悟は感じられなかった。(覚悟があれば、塔の上から・・だと思うのですよね)
大事な大事な主役なのに、理解と共感ができないと、話が分からない。
でもこの役、上田ヒロインの中でも、ものすごく難しい役だとは思います。


テオドロス王子(柚香 光)
タルハーミネへの求婚者。文化(と宗教)の違う(ヨーロッパ風)外国の王子。
彼は末子と言ってたから王になりたかっただけなのか? タルハーミネは美しく
大きな不満が無いから求婚したのか。(小さい不満なら持っていたよね)
彼はこの国の王になって、祖国の利益に貢献したかったのか?いやこの国の
武力を使い、祖国の王になりたかったのか?
ラストシーンを見るに、彼は最初から、この国にもタルハーミネにも愛など無かった
ように感じた。いや最初は、少しは愛も希望もあったのかもしれないけど・・
結局タルハーミネは、テオドロスを心から愛さず、愛されることもしなかった。
だからテオドロスも愛ではなく利益でもって、接するようになったのでは?
なんて思ったのでした。彼も複雑な心理の変遷を経ている。
テオドロスは2番手の役だと思うほどの大きな役、もっともっと練り上げてほしい。
私、たぶんこの役に惚れるから。(いまはまだ浅くて惚れない)
もっともっと感情と葛藤を見せてほしい、脚本に書いてなくても意図はされているはず。
タルハーミネに因果応報、自業自得を思い知らせてあげるのは、テオドロスなのよ!

従者イリアス (綺城 ひか理)
テオドロスの忠実な部下。彼の祖国から付き従ってきた。衣装が違うからわかる。
傍にいてずっと見ている。いろいろ思惑もあると思うので、次回はイリアスのことも
しっかり見てみたいと思う。いまはまだ彼の存在意義が分からない(宝塚的事情は
分かるけど、物語的な存在意義が分からないのよ)


<平穏な愛:第二王女関係者>
ジャー(芹香 斗亜)
第二王女の奴隷。王女が慈愛に満ちて優しかったから、またジャー自身も優しく
穏やかな性格だから、平穏な愛をはぐくんでいた。このカップルは、周囲が
よく見えていて、他者を思いやることができる。
ジャーも、若いころから怒りに燃えるギィやプリーを気遣い思いやっている。
たぶん、自分の仕える王女に思いやりがあり優しいから、自分の奴隷としての
幸福を感じ、それが得られないほかの二人を気遣っている。優しい人柄だ。
第2王女の求婚者もまた優しい人柄で、この3人は、変な三角関係ながら
「穏やかで幸せな関係」を築いていったのではないだろうか?そんな気がする。
この作品中、この3人だけが他人を思いやっていると思った。
他人を思いやることが一切ない第1王女関係者の対比が、明瞭であった。
ジャーは、ビルマーヤを終生変わらずに愛し続け、またビルマーヤも彼を穏やかに
愛している。だからジャーはビルマーヤを優しく愛する夫ゴラーズにも心から
仕えていた。ビルマーヤがジャーのことも好きなのも、ゴラーズは知っていて、
それでも3人は互いに思いやり大きな愛で包まれていたのか。
ジャーは、ビルマーヤと一緒にどこかで幸せになってくれたら・・と思わずに
居られない。きっとゴラーズも同じ気持ちだと思う。
王族としてではなく、どこかの町で小さな幸せを築いてほしい。
いやきっと平凡で幸せな一市民として暮らしていると、そんなラストシーンでした。

ところで、兄弟と言われて即刻納得していたようですが、そんな兆候はあったの?
両親の、特に母のこと、なんとも思わなかったの?など色々と思いはあれど、
ジャーなら、すべてを受け入れて受け止めるんだろうなあ。
と、ここは素直に寛容な人物だなあ~さすがジャーって思いました。


第二王女 ビルマーヤ (桜咲 彩花)
優しく思いやりのある王女。自分本位で自我の強い姉にも妹にも似てない。
タルハーミネの母は、ジャハンギール王の前の妻と明示してあったが、妹の
ビルマーヤとシャラデハの母は、それぞれ違うのではないかと感じた。
全員母が違う、そして妹二人の母は後宮の女。アムダリアではないと。
(何となくですが、ジャハンギールとアムダリアに子供が居れば、王は
その子を溺愛すると思うんですよね。3人の娘にそれは感じられなかった。)
ビルマーヤは、子供のころから奴隷の部屋に行って心遣いをしたりと、
優しい。奴隷というより、ずっとそばにいてくれる友達か兄と思っていた
ような気がする。だから彼女のジャーへ愛は「近所の幼馴染のお兄ちゃん」
への愛のような感じか。最初から穏やかで優しい感情のよう。
そして3姉妹の婚約者の中では、一番見栄えのしない男(ごめんね)、
だけど一番打算なく自分を、自分のすべてを包み込んで愛してくれる男を
選んでいる。賢い。(タルハーミネの求婚者テオドロスは、彼女の奴隷ギィを
排除しようとしたけど、ビルマーヤの求婚者ゴラーズは、ジャーを含めて
彼ごとビルマーヤを愛してくれた。そこが決定的に違う)
太っちょで不器用な婚約者を気遣い、献身的な奴隷のジャーを気遣い、
自分しか見えてない姉を気遣い・・・、
姉夫婦とその恋人が忘れ去った子どもを預かるのも彼女。本当に見えている人。
ジャーのところで書いたけど、市井で幸せになってほしい人です。

ゴラーズ (天真 みちる)
ビルマーヤに求婚する優しい男。資産はありそうだけど容姿に自信がなく、武力もない。
でもそれを隠さず正直に表し、誠心誠意ビルマーヤに好意を表現する。
そしてビルマーヤが信頼しているジャーに対しても、彼女と同様の気遣いを見せ、
主従を尊重している。他の求婚者は、特別奴隷を排除する(テオドロス)か
同じように奴隷として扱う(ソナイル)のに対し、彼は、王女と同等に、
王女の大事な友人のように扱う。その誠実で優しい人柄に心惹かれる。
彼はビルマーヤとジャーの互いの感情に気付いている。それでも、ジャーを愛する
彼女ごと、そのままのビルマーヤを愛した。本当に包容力のある方だ。
それを、ビルマーヤもジャーも知っていたように感じる。いえ、結婚生活の中で
感じたのでは?最初から、この3人は互いを思いやっている。
そんなエピソードが満載でした。そして、この3人、特にゴラーズとジャーの
天真さんと芹香さんが上手いから、第2王女のエピソードはいろいろと読めて
台詞にない感情がとても分かりやすくすっきり、きゅんとさせていただきました。


<それぞれの愛:第三王女関係者>
プリー (瀬戸 かずや)
第三王女の奴隷。彼は最初から王女との間に、主従以外の感情はない。
王女は彼を奴隷として使役し、彼は奴隷として反感を持ち、見えないところでこっそり
仕返しするという、使用人のうっぷんはらしなんてやっている。
この二人の間には、上の2王女のような愛憎関係は無いように見えた。
だからプリ―は、機会を逃さず王宮を脱出し、奴隷の身分から逃れる。
王女への愛も憎しみもないから、さっさと出ていく。あるのは、王女シャラデハへの
感情というより、王族と奴隷の関係に対する憎しみくらい。
ワガママで自分勝手な王女への感情は、愛でも憎しみでもなく、反感と軽蔑か。
彼は(第三王女も)台詞と感情の乖離が少なく、わかりやすかった。
(熟練の瀬戸さんに、わかりやすい役を振るなんて、もったいないとは思うが)。
ところで彼の出自は? どうでもいいのかもしれませんが、特別奴隷って
どうやって選ぶのかしら?と思ったから。
普通、ああいう立場の男の子を第1王女と第2王女の特別奴隷にはつけないよねえ?
だからこの風習、まったく謎。それゆえ、第3王女の特別奴隷の出自が気になった。


第三王女 シャラデハ (音 くり寿)
長姉タルハーミネのようにわがままで自己本位。気まぐれで気分屋。
ただタルハーミネよりは単純。深く考えず、その場の感情で動くだけ。
彼女は感情と台詞が乖離していない。みてそのまま。
シャラデハとプリ―の関係は、あっさりしたもので。この関係なら、
特別奴隷制度も継続するだろうと思われる。まあ、意味もないけど。
タルハーミネ&ギィ、ビルマーヤ&ジャーのような関係が頻繁に発生するようなら、
この制度はとっくの昔に破綻し不採用になっているだろう。
だからこの制度が長く受け継がれていることは、本当に謎だ。
制度的に上手くいってるシャラデハ&プリ―を見ていると、メリットもないし。

ソナイル (冴月 瑠那)
シャラデハの求婚者。あまり目立ってない。上の二人の求婚者がとても破格だから
普通に貴族の若さまで、普通に若くて普通にかっこよいソナイルは、目立たないのだ。


<物語の元凶> 王 ジャハンギール (鳳月 杏)
凄く重要な役。影の主役のような存在感。彼がすべての物語の鍵となる人物。
彼が王位を簒奪したとあったが、それ以前は何だったのか、聞きそびれた。
非情な男だったようだが、まるで平清盛のような温情をかけたばかりに、
あの最後。まあ因果応報。
彼とアムダリアも、愛と憎しみの関係にあったと思う。アムダリアが母として
子どもを愛していた故、タルハーミネとギィのような泥沼に陥る一歩手前で
とどまっていた、綱渡りのような関係に感じた。
激しいながらも筋を通す人物なのは間違いない。だから曲がりなりにも王として
やっていたのだろうと思う。そのあたりは娘たちよりずっと立派な人物だった。

凰月さん、凄い役で、なんて迫力なのかと。最初誰かわからなかったわ。
専科さんレベルの力を感じた。

ルババ (鞠花 ゆめ)
ジャハンギール王の特別奴隷。・・ということは、ジャハンギールも王族ってこと?
それとも貴族はみな同じなの? とりあえず、ジャハンギールはこの国(文化圏)の
上流階級の出だというのが、ルババによって分かった。
彼女は静かに静かに、ただ黙ってひたすら王を愛した。王は彼女を一瞥も
してにないのに。王はアムダリアしか見ていなかったのに。
そして最後まで王を愛し命を懸けて守り通した。でも王は振り返りもせず。
これも一つの愛のカタチ。

王妃 アムダリヤ (仙名 彩世)
この人も鍵のとなる重要人物。彼女が息子たちのために敵の妻になったのは
理解できる。憎い男だけど、心から全身全霊愛されたならほだされたのも分かる。
分からないのは、いつまで耐えてるのか?息子たちは、「生きていればいい」と
いうわけじゃないでしょ? 奴隷に落とされ、誇りをなくし、虐げられ、
奴隷でも生きていればいいの? 彼らに本当のことを話す気はなかったの?
それで息子たちは良い人生だと思ってた? 幼いころなら仕方がないけど、
無事あんなに立派に大きくなったなら、もういいんじゃない?彼らに誇りと
生きる目的を取り戻させてあげても。アムダリアにとっては、見せかけの平穏
でも、今の穏やかな生活が捨てられなくなったの? 
結構、優柔不断というか、黙って耐えているのかと思いきや、実は深く
考えていなかったの?思ってしまうような母王妃でした。
2王女の母ではないと思ったのは、娘たちへの愛情が感じられなかったのもある。


ピピ (英真 なおき)
王妃アムダリアの特別奴隷。王妃の一番の理解者で王妃をひそかに深く愛している。
彼が幸せそうにしているから、息子たちを特別奴隷において置く気になったのか?
王妃の理解者で、王妃のやりたいようにさせている影の功労者であるが、
実は王妃を甘やかしまくり人生を誤らせた人物ではないかと思うのであった。
ピピはかなり良い人格で穏やかで忍耐強く頭の良い任物だと思うけれど、
アムダリアだけを溺愛するあまり、周りが見えず。本当に彼女のためには
なってないような気がした・・。



<その他の方々>
教師 ナルギス (高翔 みず希)
タルハーミネに算数を教えていた教師。王女ができないと、奴隷に罰を与える。
王女がそれが嫌なら、自分がきちんと学習して答えればいいものを。
タルハーミネは、自分は努力せずに、教師を逆恨みしていたように思える。
このやり方が、この時代この国の王宮のやり方なら、教師に罪はない。
なのに、「気に入らなかったから!」と陥れてました。
(理不尽に殴られたギィが良心の呵責を感じないのはまあ仕方ないか)
見事に王女に陥れられ、人生を転落。命があっただけ儲けものというレベル。
これは王女と本来罰を受けるべきギィに恨みを抱いても仕方ない。
ナルギス先生は、悪役風に登場してたけど、彼何か悪いことした?って思った。
偶然から復讐されたのは、王女とギィの自業自得だしね。
高翔さんの悪役久しぶり。今回は実は悪人ではないので、似合っていた。
まあ憎々しげには演じてらっしゃいましたけど。


女官長 メグナ (芽吹 幸奈)
王のそばで呼び出し係のような感じだが、態度と服装が偉そうすぎて
最初王妃に見えたくらい。偉大な女官長、というより王宮の中枢を担う方です。


賊の女 ラクメ (花野 じゅりあ)
前王の側近の子弟。逃亡して砂漠で盗賊をしているようだ。
ギィが彼らと出会って、そこで実力と根性を見せたところ、盗賊の仲間にいれてあげた。
ここでラクメが助けてあげなかったら、ギィ(とプリ―)は砂漠の砂になってたね。
ギィの資質を見抜いたラクメ、エライ。それから盗賊が反政府軍になった? 
あのラストシーンを見るに、王宮から人が居なくなってしまったようなので、
この国どうなんの??と心配になったが、彼女が次の女王になったのではないかと
思いました。混乱期は彼女が女王になり、安定したら弟に王位を譲りそう。
弟も、王様に向いてそうだものね。ラクメは権力の座に長くいそうに思えない。
また砂漠に帰ってしまいそうな自由人に見えた。


賊の男 ザール (水美 舞斗)
ラクメの弟。が内乱時には幼児すぎてあまり覚えて無さそう。
盗賊の頭目は姉だし、いいところ全部姉に持っていかれてしまっていた・・残念。
ただ姉にはない平時の王様としての勤勉さや真面目さはもっているようなので、
プリ―と協力してこの国を再生させていきそう。
もうちょっと目立ってもよかったのにね・・・。じゅうりあ様に迫力ありすぎ。


という感じ。私にとっては共感できない人物が中心にいるので、初日に見たときは
頭の中が疑問符だらけでした。私が読み取れてない?理解できてない??という思い。
上田作品には行間の意味があまりに多いから。(でも今までの作品は1回で分かった
ような気になったのですが・・今回は大変難しい。大体よくわからない風習の上に
成り立つ話だものね。そこに突っ込みどころがあるから、なかなかの砂上の楼閣?
なのでしょうか。)


今回は、装置が大変大変美しかった。これは見ごたえあり。
2階センターから見てみたい。
衣装はアラビア風。異国情緒が漂う。なかなか素敵でした。

今日は物語と役を追うのに必死で、役者までしっかり見れてない。
たぶん、もう一回見に行きます(笑)



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虹

はじめまして
感想楽しく拝見しました

タルハミーネの行動について、私も最初は理解出来なかったです
でも今は自分なりに答を見付けたので、それが正解かどうかはわかりませんが、僭越ながらしゃしゃり出て参りました

書いてくださってたあらすじにもありますが、テオドロスに、ギィの処刑を命じろと言われた時、タルハミーネは最初は躊躇してるんですよね
でもそれで、まさか奴隷を愛してるのかと言われて、タルハミーネは処刑を命じるわけですよね
これが正に答で、タルハミーネはギィを愛してることを認めたくはなく、認めるくらいなら殺してしまう方を選ぶくらい王女としての高慢なプライドを持ってるんだと感じました
既に一夜を共にしギィの前では認めてるようなもんですし、1度は共に逃げようとしたわけなので今更ではあるんですけど、自分にとってはギィを愛してしまっていることはある意味屈辱で、その屈辱を味わわせるギィは愛しくも憎い存在なんだと思います
それって到底私達には理解し難い思考ですけど、究極の素直になれない王女なんだと思っています

なので、共感はしにくくてもタルハミーネはとても興味深いです
ギィとの愛と憎しみのストーリーにとてもココロつかまれてしまっています

長文お目汚しでした
失礼します
今後の感想も楽しみにしています
by (2016-11-20 17:32) 

えりあ

虹さま

ありがとうございます!次に見るときは、あの場面のタルハーミネの表情に注意してみたいと思ってます。
そうですよね、王女としてのプライド。あの場面、王から民まで、みんな見てますもん。羞恥心が愛を憎悪へと変貌させる。
この物語は、愛と憎しみがテーマで、タルハーミネのこの憎悪は、究極の愛情表現なのかもしれません。

ギィとタルハーミネ、二人の表情を追いたいので、目が4つ欲しいです~!何度も見たくなる作品です。

ご見解、ありがとうございました!!
・・なんか議論したくなる作品ですよね(笑


by えりあ (2016-11-20 22:47) 

パクチー

お久しぶりです。
昨日観劇してきました。

私もタルハーミネの最後の行動がよくわからなかったのですが、
なんとなくわかるような気がしてきました。
タルハーミネは、やはりギィのことを愛していた。
しかし、そのまま王妃になってしまえば、
ギィが昔、軽蔑していたアムダリヤ王妃と同じことになってしまう。
自分はいずれギィに軽蔑されると思ったのではないでしょうか。
最初の方で、軽蔑の言葉を口にしていますよね。その時は、ギィは女性に対して潔癖なのかなと思ったのですが、最後まで見ると伏線に思えてきます。
タルハーミネがそこまで殊勝な人とは思えませんが、
結婚しても夫にあまり心を開いていないところを見ると、
ギィに対して何らかの思い(罪悪感でも思慕でも)あったのでは。

一緒に観劇した夫が、
「女は上書きするんだよな。だからアムダリヤは王を愛するようになっていたんだけれど、ギィはそれが理解できていなかったんだと思う。男は、コレクションの生き物なので、ギィも憎んではいるけれど手に入らなかったタルハーミネに執着したのかも」と言っていました。

私は感激直後は、ジャーがかなり気にいっていたのですが、
物語の最後に「僕もいずれ恋をするかも」と言っていましたビルマーヤとは家族のような愛になって妹を守るように守るらしいですが、私としてはビルマーヤと結ばれてほしいです。
ただ、そこが上田先生が書きたかったことなのかもしれませんね。でも、ビルマーヤとしては、女性として見てもらえないのは寂しいと思うのですが。

感動というか、あとからあとからそれぞれの人物を掘り下げていけてジワジワくるドラマだと思います。
でも、連続して観るのはきつそうです。
しばらく復習して、何週間か空けてもう一度観るつもりです。
また、新しい発見があるかもしれません、

by パクチー (2016-11-21 09:22) 

えりあ

パクチーさま

ありがとうございます。ご主人の感想の「ギィの足るハーミネへの執着」というところ、納得できました。愛と憎悪と執着。なんか凄いドロドロですが、あの行動が理解できるような気がします。さすが「男の視点」です!

私、ジャーとビルマーヤの淡い関係、そして夫も入れた三人の関係がとても好きでした。やっぱり最後は二人、結ばれてほしいですよね。子供いっぱいの幸せな家庭を、市井で営んでほしい。それだって家族愛ですよ〜と思うのでした。

1日2回見るのはキツイ重いドロドロ愛憎ドラマ。現代日本に置き換えて、昼のドラマにしたら・・・創造したら凄いや。ま,最初の設定が在りえませんけど。

しばらくOSKのほうの「ロミオとジュリエット」を見ていたら(こっちは上演期間が短いから)、時間がなくなり、花組が見に行けてません。(仕事もあるし^^;)どちらも悲劇で重くて1日2回はきつい・・から1回ずつなので日数だけが必要な事態に陥ってます。。。






by えりあ (2016-11-25 07:49) 

パクチー

何度もすみません。
二回目、観てきました。
一回目は筋を追うだけで必死だったのですが、今回は落ち着いて観られましら。
一回目は、ジャーのカップルの方に心を寄せたのですが、
今回は、断然ギィのカップルに想いが傾いてしまったのでした。
どうしてかと考えると、ジャーたちは、結局私たちの人生の先にある愛の形なのだと思ったからかな。
自分のことで恐縮ですが、約50年生きて大人になっていった結果が今の家族との生活で、ジャーとビルマーヤも、現代の私たちの姿と重なります。
初恋があって、別の恋をして家族を作って、信頼が生まれて、その中で何かを諦めて、穏やかな生活を得るのは、幸せな人生と言えますよね。そんな人はたくさんいます。
でもギィたちは、私たちが経験できなかった人生を見せてくれていて、もしかしたら愛する人をお互いに得たということでは、ジャーたちより幸せじゃないかと思えてきたのでした。実際ジャーはお兄ちゃんが羨ましい的なセリフも言ってますし。
この作品中ではジャーたちはギィとタルハーミネとの対比の存在なので、
結ばれないまま終わるというのは仕方ないのかもしれません。

設定が設定けに、自分だったらどうするかなど考えられないし、同情もできないから、感動したわけではないのですが、観劇した後はずーっと考え込んでしまいます。上田先生にしてやられた感じです。

何度もコメントすみません。
書かせていただくことで、考えがまとまっていくような気がして。

by パクチー (2016-11-28 09:13) 

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